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わたしとスピリチュアルな彼女 PART9

お待たせしました、スピカノ第9回です!!!!
あれっ?
これPART10で終わるのかな・・・(´-`)

まあ、気にせず、いってみよう。


* * *


前回までのあらすじ
PART1「2007年、26歳の小関と、43歳のM子の友情が芽生えた」
PART2「M子が自分の病について告白」
PART3「夫と不仲の私に、M子からのすてきなプレゼント」
PART4「ある日妻は、夫への屁みたいな闘争心からギターを始める」
PART5「M子の言葉の力で、小関は歌が歌えるようになる」
PART6「M子が躁うつ病の原因を告白」
PART7「ある日、締め出されたことに気づいた小関は家の窓から侵入を試みる」
PART8「小関、大阪へ行く」

詳しくはコチラ
わたしとスピリチュアルな彼女 PART1
わたしとスピリチュアルな彼女 PART2
わたしとスピリチュアルな彼女 PART3
わたしとスピリチュアルな彼女 PART4
わたしとスピリチュアルな彼女 PART5
わたしとスピリチュアルな彼女 PART6
わたしとスピリチュアルな彼女 PART7
わたしとスピリチュアルな彼女 PART8


* * *



何日か経って、私はKと一緒に京都を訪れました。
警察官に立ち会ってもらい、Y口の家から私の荷物を運び出すためです。
PCも壊されて庭に捨てられていたくらいだし、他の荷物が無事とは思っていませんでした。

しかし・・・



何日かぶりに帰ってきたY口の家で、私は唖然としました。

アンプはへこんで変形している
ベースは3つに折れている
(ギターはその日持ち歩いていたので無事)
割れたCDが床に散らばって破片がキラキラ
衣類は全て床に放り出されてぐちゃぐちゃ

空き巣が入った後のよう・・・
にしては破壊されているものが多すぎですが。


とにかく荒れ放題でした。

よほどY口はむしゃくしゃしていたに違いありません。
壊せるものは全て壊されていました。
壊せないものは、引き出しや戸棚からわざわざ引っ張り出して床に散らかしてありました。

仕方がないので、使えそうなものだけ引き取って帰ることにしました。


私はハッとして、キャビネットの一番下の引き出しを開けて、奥の方に入っているアレを確認しました。
あの時M子にもらった、電源を入れるとブイイィィィイン!!と動くアレです。
→記憶にない方はこちらへ



ありました(´ε`;)




Y口に、いろいろ言いたいことは、いろいろある。

でも何かひと言だけ言うとすれば・・・


これは使ってねえ!!
ただの一度もな!!!

lars_ulrich_lovely.jpg




というわけで、私は二度と京都には戻らないと誓い、大阪で一人暮らしを始めました。
塾講師の仕事も辞め、NTT系の企業で派遣社員として働き始めました。
しかし派遣社員という身分で大阪で一人暮らしをするというのは、思った以上に大変でした。


私は、貧乏でした。


学生時代はトイレ・風呂・キッチン共同の、ゴキブリが出放題のアパートでも暮らせましたが、いい大人になった今、そんな選択肢はなかったのです。
というわけで、遊びに行ったりはせず、贅沢もせず、ただ働いて、バンド活動をして、月日が過ぎていきました。
Y口の家を出てからは、地味な3年間でした。


交際相手のKも目的があって節約生活をしていたため、私たちは休日にどこかへ遊びに行くことも、外食に行くこともありませんでした。
Kは本当にドケチでした。
買い物をすれば小銭まで丁寧に数えるくらいのドケチぶりでした。

ライブ活動も、出演料がタダという理由で、大阪から遠いライブバーなどで行っていました。
遠いので、友達に見に来てくれとも言えない・・・
でも、集客しないとメンバーに悪い・・・
そう思うと、ライブに出演するのが億劫でした。
でもメンバーがやりたいという限りは続けました。
そのうち、何のためにバンドをしているのかも分からなくなってしまいました。


しかし、Kを責めているわけではなく、誰にでもそんな時期はあるものだと思うのです。
私は偶然、Kの良くない時期に当たってしまっただけだと思うのです。
今現在、Kはケチケチする理由はないわけですし、今、Kと交際する女性はきっと幸せになるだろうと思います。

私自身も、よくない時期だったのかも知れません。
Kはただ純粋だっただけなのに、私は自分の心の貧しさから、いろいろと心無い言葉をかけてしまい、Kにつらい思いをさせてしまいました。



M子に、京都を出て大阪で暮らしている、と伝えたのは、京都を出てずいぶん経ってからのことでした。

M子は、残念そうでした。

M子はY口のことが気に入っていたのもありますが、Kのことを話すと、どこか悲しそうな顔をしました。
本当にそれでいいの?
と問いただされているようでした。

M子は退院し、普段どおり京都のアパートで暮らせるようになっていましたが、以前のように、河原町まで飲みに行ったりする元気はありませんでした。
私は、M子の家の近くのファミレスまで会いに来ていました。
そこで話をすることが、M子には精一杯のようでした。


私は「Kを紹介したい」と言うと、M子はやんわり断りました。

慣れてない人と話すのは、疲れるからさ。
ごめん、そのうちね。



私は当時、ほかの誰にもKを紹介しませんでした。
自分でも後ろめたい気持ちがあったからです。
Kと普通に出会っていたのなら、まだ違ったのかも知れません・・・

それでも、M子なら喜んでくれるだろうと思い、話したのだと思います。

でも、M子はKには会わないと言いました。
最初は、本当に身体がしんどいので、初対面の人に会いたくないんだな、と思っていました。
しかしその後、M子は本当にKに会いたくなかったのだ、と知ることになります。



* * *



M子に出会って5~6年経っていました。
M子には、出会った頃のキラキラしたイメージはもうありませんでした。
M子は、もうすぐ50歳になると言っていました。
ノーメイクの顔は疲れていて、しみだらけになっていました。
出会った頃はお人形のようでしたが、今は魔女のようでした。
お化粧をする元気も、もうないのかも知れません。
でもミステリアスな雰囲気だけは、まだ残していました。
精神科の薬のせいで太ってしまった、と言っていました。
実際は毎日飲んでいるビールのせいではないか、とは言えませんでした。
運動することをすすめてみましたが、身体がしんどいと言って断られました。

そんなM子を見ているのがつらくなり
もう京都に来るのはやめよう・・・
と思うこともありました。

私はまだ、M子に幻想を抱いていたし
まだM子がステージに復帰する日を信じていたからです。


でも、徐々に、
そんな日は来ないのだ
ということが、私にも分かるようになりました。


何年もかけて、徐々にです。


でも、M子からメールが来ると嬉しくて、つい「京都に行く」と言ってしまいました。
私が京都を離れてから、5年ほどの間に、5~6回京都に通ったと思います。
年に1回ほどなので決して多くないですが、M子に会えるのは嬉しいことでした。

まるでお母さんに会いに行くような、気分でした。


M子は「何でも話を聞いてくれる、何でも話せる優しい友人」でしたが、私はとってはM子は母親のような存在だったのかもしれません。
実の母親には、悩みを相談することはありませんでした。
否定しかされないので、何も言えなかったのです。
隠し事ばかりしていたので、母親から連絡があるたびに緊張しました。

M子はいつでも、私の話を「うんうん・・・」と聞いてくれました。
これが友人として正しい態度なのかどうか、などは分かりません。
でも、M子には何でも話してしまう・・・、そういう力が、魅力が、M子にはあるようでした。
私の話を熱心に聞いてくれて、アドバイスしてくれて、どうしたらいいか真剣に考えてくれて、それでM子に何のメリットがあるんだろう?と考えることもありました。
無償の愛のようなものを感じていました。
だから母親のように思えたのかも知れません。

T也(M子の夫)も、たまにM子について来ましたが、相変わらずM子のことが大好きなようでした。
いつまで経っても、2人は仲のいい夫婦でした。
自分は2年で破綻したけど、M子夫婦はこんなに長く続いている。
見えないところで、どれだけ努力しているのだろう、と思いました。
人とうまくやっていくのが大変と分かった今、M子を素直に尊敬していました。



* * *



時は過ぎ、私はKと別れ、新しい恋人と結婚し、幸せに暮らし始めました。
そのときは、M子もすごく喜んでくれました。
お祝いの品も、新居に届けてくれました。

やっと夫を連れて、M子に会いにいける!
M子を安心させてあげられる・・・


ようやく、希望が見えてきました。
またM子夫妻と、4人で遊びに行く姿などを、想像しました。
想像の中のM子と私は、幸せそうでした。







しかし、その3ヶ月後くらいでしょうか。

寒くなり始めた日のことでした。
ある日突然、がらにもなくハイテンションなM子から電話がかかってきたのです。

PART10に続く


ハイテンションな大佐
dave_mustaineハイテンション
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コメント

mano

こんばんは。(*‘∀‘)このところ、仕事の疲れで、PCを開けていなかったので、
更新されているの、今日見ました。(;´∀`)
そろそろクライマックスですかね。。しかし、、元ダンナさん、派手に破壊されましたね。(;´∀`)まあ、でも仕方ない事だったのかもしれません。。彼は物に
あたるしかなかったのでしょう。。Kさんとの事も、やはり人の出会いはタイミング
なのかもしれないな。。。と思います。その時は、よしと思いその人が良いと
思っても、段々合わないな。。となる事もあるでしょうね。。振り返ると間違いなのかと思っても、その事があり、また未来につながるのかもしれません。。
M子さん、、。かなりつらそうですね。。この病気は治らないのかな。。?
でも、小関さんにとって、お姉さん的な存在でもあったのかな。。

大佐のジャケットの裏地、、山吹色。。(なんて色を思い出すのか。。(;´∀`)
なんか、打ち合わせ?でも、背後に仏像。。どこにいるのか?



小関 文

Re: タイトルなし
こんにちは( ´ ▽ ` )ノ
いつもご訪問いただきまして、まことにありがとうございます。

仕事でお疲れとの事ですが、大丈夫でしょうか・・・(›´ω`‹ ) ゲッソリ
私も出張+個人旅行で何日か東京に行っておりまして、昨日帰って来ました。
ですので、仕事をしていても、とても身体が重いです・・・

スピカノですが、そろそろ終わりが近いですね。
やっと本題に入れそうという感じなので(本題はスピリチュアルにハマってしまったM子)
この話は前置きがちょっと長すぎましたね(´ω`|||)
元夫にはいろいろ破壊されましたが、すっきりして良かったのかもしれないです。
物に固執しても仕方ないということも、分かりましたし・・・

振り返ると、本当に全部のことが未来につながっていますね。
どこが欠けても、今私はブログを書いていないだろう・・・(;^ω^)
そう考えると、どんな相手でも感謝してしまうので不思議です。
Kさんも、今思えば申し訳なかったなと思うことのほうが多いです。

大佐のセンスはいつでも微妙ですね~(´◦ω◦`)
ちょっと服がクールでないから好き、という部分もあるかもしれません(失礼な)
背後の仏像はなんででしょうね?
机の上においてる携帯(?)も気になりますねw
よく分からない写真です・・・(;^ω^)
非公開コメント

小関 文

結婚相談所勤務。
レディーススラッシュメタルバンドVALKYRIE(ヴァルキューレ)でGt/Voをしてます。

スラッシュメタル、パワーメタルが好きです。
・・・が、音楽なら何でも好きです。
実はメタルを聴き始めて日が浅いので「これは定番でしょ!」というバンドやアルバムを知らなかったりしますが、温かい目で見守りつつ教えてもらえると嬉しいです。

休日はバスケ観戦などしてます。
Bリーグ始まって以来、大阪エヴェッサを応援し、舞洲でのホームゲームに足を運んだりしてます。
エヴェッサ以外のチームも応援してます。

ツイッターー→@damoin667
メタラーの方、ブースターの方、共通点ある方はフォローします(鍵付きアカウントの方除く)。お気軽にどうぞ。
最近フォローバックが遅れ気味で申し訳ありません。

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